性行為に及ぶまで

 

 

 

 

緒言

 

僕は「誰でもいいからセックスがしたい」というわけではない。

「セックスを通して幸福感を得る」という悲願を成就させることがセックスにおける至上命令であると認識している。

それを達成するためには、性行為に及ぶまでの過程が倫理的・悦楽的な観点から判断しても重要課題であるということをここに提言したい。

 

ワンナイトラブ

 

例えば、女性と出会ってその日にセックスをするという現象が起こったとする。

それは、果たして本当に良いセックスだったと言えるだろうか。

おそらくそこには真に迫る幸福感はなく、ただ汁を垂れ流す行為に他ならない。

僕はこの汁を欺瞞汁(ぎまんじる)と呼んでいる。

セックスの良し悪しは『対象と自分の間に育まれた人間関係や軌跡で決まる』、といえば言い過ぎだが重要な要素になることは間違いないだろう。

 

性の妥協

 

かといって、一夜限りの関係を全否定しているわけではない。

いくら二人で育んだものが皆無に等しいからとはいえ、気持ち良いことは気持ち良い。

性に対する妥協とは、多くの人間が抱え続ける問題だ。

そしてワンナイトラブの完全否定とはすなわち「セックスがあるのだからオナニーは必要ない」という暴論を吐くようなもので、賢くはない。

しかし、幸福感の得られる良いセックスという議題の中においては淘汰されるものだろう。

 

友人関係を構築する

 

僕が考える最上のセックスとは、友人とのセックスである。

ちなみに僕はフレンドリーファイアと呼んでいる。

日常会話における何気ない笑顔と淫靡な世界へ訪れた際の恍惚な表情との間に生じるギャップが、強烈な悦楽をもたらすことは想像に難くない。

したがって、「この女性と最高のセックスがしたい」という思考が働いても決して焦ってはならない。

自分と相手の間に友人関係というバックグラウンドを意図的に構築すべきなのだ。

そうすることで、より研ぎ澄まされた射精が可能になり、強い幸福感が得られるだろう。

 

 

 

 

 

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